先日、れいわ新選組の山本太郎代表が突然の「代表辞任と政界引退」を発表しました。健康問題や速度超過の不祥事が理由とのことですが、このニュースを聞いた時、私の中で長年の「ある疑問」が完全に氷解し、「やっぱり私の推測は当たっていたんだ」と確信に変わりました。
今回は、彼が政界にいた約13〜14年間とは一体何だったのか、そしてなぜ彼の「嘘っぱち」が通用し続けてしまったのかについて、私がかつて目撃した光景を交えながら本音で書いてみたいと思います。
コロナ禍、大分市で感じた強烈な違和感
時計の針を数年前に戻します。コロナ禍で世の中が混沌としていた2020年頃、私は大分県大分市の街中で、山本太郎の選挙ポスターを目にしました。
そこに躍っていたスローガンは「消費税ゼロ」。
そのポスターを見上げた時、私は強烈な違和感と冷ややかな感情を抱いたのを今でも鮮明に覚えています。
「何の財源の根拠もなく、ただ耳障りがいいだけのこんな公約に、一体誰が騙されるの?」と。
消費税をゼロにすれば、数十兆円規模の財源が失われます。まともに働いて納税し、現実の社会を生きている人なら、「そんな美味い話があるわけがない」「ただ当選したいだけの人気取りだ」と一秒で見抜けるレベルの綺麗事です。
しかし、そんな私の冷ややかな視線をよそに、彼はその後も政界に残り続け、一定の支持を集め続けました。「なぜこんな嘘っぱちが通用するのか?」「なぜ政治家を続けられるのか?」――その疑問が、ずっと私の中で喉に刺さったトゲのように残っていました。
なぜ「嘘っぱち」が通用したのか? その巧妙な仕組み
今回の引退劇を機に、彼のこれまでの歩みや残した(とされる)成果を客観的に見つめ直した時、その疑問の答えが全て繋がりました。
彼がやっていたのは、国を良くするための政治ではなく、「社会の底辺で困窮している人々や孤立している層を味方につけ、彼らを武器にして自分の信者を増やしていく」という、極めて冷徹な集票ビジネスモデルだったのです。
一般の現役世代や会社員からすれば、彼がどれだけ国会で叫ぼうが、私たちの生活は1ミリも楽になっていませんし、手取り額が大幅に増えたわけでもありません。つまり、普通に暮らす庶民には「何の役にも立たなかった」というのが冷酷な事実です。
では、なぜ議席を維持できたのか。それは彼が「論理的な政策論」ではなく、「感情の代弁」に特化していたからです。
社会に強い不満を持ち、既存の政治からこぼれ落ちて合理的・論理的な判断ができなくなっている絶望層に対して、「生活が苦しいのは全て政府のせいだ」「消費税さえなくせば救われる」と吹き込む。そして「自分たちの代わりに怒ってくれるヒーロー」として崇めさせ、熱狂的な信者(支持層)として囲い込む。
これが、彼が政界で生き残り続けたカラクリでした。
「弱者救済」という名のパフォーマンス
彼の実績としてよく挙げられる「重度障害者の国会進出とバリアフリー化」にしてもそうです。
一見すると素晴らしい弱者救済に見えますが、厳しく言えば、大多数の健康な一般庶民の日常生活には何の影響ももたらしていません。
結局のところ、社会的弱者や困窮者の存在を一番目立つ場所でアピールに使い、自身の政治的影響力を拡大するための「道具」として消費していただけではないでしょうか。まさに、当選し続けるための高度なパフォーマンスだったと言わざるを得ません。
結論:何一つ庶民の生活を変えなかったポピュリストの退場
彼が綺麗事を並べ立てて拡大した勢力も、最後は自身の不祥事や党内の混乱によって、唐突な幕引きを迎えました。
彼が去った今、真面目に働き続けてきた一般庶民の手元には何が残ったでしょうか? 何も残っていません。私たちの生活は何も好転していません。
コロナ禍のあの日、大分の街頭ポスターを見て私が感じた「こんな綺麗事に誰が騙されるのか」という直感は、間違っていませんでした。山本太郎という政治家は、耳障りのいい言葉で一部の層を熱狂させ、社会の分断を利用して政界に居座り続けた、中身のないポピュリストだった。それが、今回の引退劇で私が導き出した最終的な結論です。
みなさんは、この一人の政治家が残した足跡をどう見ますか?

